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倭の国のモノ述ベ

ふたたび〜   d(⌒o⌒)

【ユラノトヲ  ワタルフナビト  カジヲタエ  
      ユクエモシラヌ  コイノミチカナ】

《由良川の河口の砂州が、戸のようになっているのを “由良の戸” と呼ぶ。そこを通って倭の国の人々は船で行き来をしていたが、ムウラが捕らえられた後しばらく交流を止められていたことがあり、その後の二人の行方はわからなくなった》

丹後の国の国司・曽禰好忠=そねのよしただ・ がこれを作った事にしたそうですが、「これは私の作った歌です。 柿の元人麻呂です。」と知らせています。


万葉集とソラ
百人一首は、 風景や恋の歌と思わせていますが、菅原道真と柿の本人麻呂と小野小町の3人で作られた和歌集で、倭の国の悲劇が隠されていて、それがバレると首を覚悟で作ったと知らされています。
ちなみに100人の作者とされていますが、和歌を贈った人の名前を付けることで公に伝える事が許されたそうです。






<ソラ>より〜  2005年1月11日 23時
「お供の者がきました。
真実を伝えるようにソラのものが言ってきました、
吉野の者が 星述べを殺したのです。
私が (殺した人の) お供の者でした。
星述べの者と一緒にいたのが物部の守屋でした。
私の主人は良い話がある、と物部を呼びました。
それは、星述べの子供を違う子供と入れ替えるようにという相談でした。入れ替える子供はイシカミの事でなく、仏教を褒め称える言葉を伝えていました。そしてその子供を倭の国に連れて帰るように言ったのです。
それを物部は断わったので、争いになったのです。
物部が (ヤマトの申し出の) 事を渋ったので、“渋川の決戦” と呼ばれるようになったのです」

(以前にも話し合いの為にヤマトに行ったが、話が合わずに物部は春日富士で殺され、星述べの子供は星原に小坊主の服装で逃げ帰ったと知らされています)

2005年1月12日 真夜中
「高倉神社* が出来てからホシノミナ (神社) は意地悪されるようになったのです。秋祭りの時に、それまではホシノミナジンジャが先頭* に立って、由良川のほとりまで行っていました。(ヤマトから逃げ帰って) 星述べの子供は洞穴に匿われていました。それであそこ (洞穴の近くの三叉路) に食べ物のお供え* をしていたのです。今、ホシノミナ (神社) には誰もいません。
それでそこに悪いものが集まって利用しようとしています。
それで帰ってきて欲しいのです。宇宙のものが伝えてきました」




物部氏とは〜
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E9%83%A8%E6%B0%8F
http://www.interq.or.jp/www-user/fuushi/5-anc/kodaisi/ka-c-mononobe.htm
http://www002.upp.so-net.ne.jp/tsukamoto/kyoudoshi/kyodoshi6.html

などを見ても、解釈でまちまちになるのが、よく分ります。記述が残っていてもです。書き手によってナンとでも変えられるのが歴史書ですね〜



【ソラ辞典】による    物部守屋
「モノを述べる」から来た名前。モノとはイシカミやヤマタイコクの物語を言い伝えていた イカルガ (何鹿) の星述べの子供の後見人であったので守屋という名前。 物部村から出た人で、仏教を強制する蘇我氏や聖徳太子と戦った。綾部の私市円山古墳に大小の遺体があったが、これが物部氏と星述べの子供の2人。


これは、「今」本人から知らされることだから。( ̄‥ ̄)V



<ソラ>より〜  2002年1月19日  綾部にて真夜中
「丘の上の者です。 物部の守屋です。
いつになったらお知らせ出来るかと思っていました。
【守屋】  と名乗ったのは何故かというと、矢で持って子供をお守りすると言う意味で名乗りました。何故私のお墓が忘れられたかというと仏教のせいなのです。それはとてつもない言い方で押さえ込まれたのです。

守屋についていた星述べの小さな子供 (白い木の子供) は、支配星に操られた者につかまり、信貴山の寺に送り込まれました。そしてその子供がそのお墓 (物部氏のお墓) を祭ると、死んでから救われないからと言わされたのです。
その代わり、家の屋根のところに口を現すもの (空気抜き) を作るように言ったのです。真実が隠された事を家は見ていたと言う事を現すためです。
家々にそのことが語り継がれていったので、この地方の家には口の形をしたもの (空気抜き) があるのです。
叉あの家はホシノミナをあらわします。あの形 (三角) の反対の形で地球に降りてきたことをあらわしているのです。
茅 (カヤ) 葺の屋根も意味があるのです。
カヤの花 = ススキは、切るとすぐ枯れて白髪のようになります。それは人間の肉体もすぐ年をとることを現しています。沢山のカヤで屋根を覆い年月が経つと葺き替えますが、人間の生まれ変わりと同じと言う事を現わしています」

(この地方の農家はカヤ葺きの入母屋作りで、三角の屋根の部分にひし形の空気抜きがありますが、それが丁度口のように見えます)


【お知らせ】 2002年1月28日    続・物部氏
2002年1月21日
「お知らせするように星たちから言われました。
物部守屋が 蘇我氏の一族から追われたのです。それはいたいけな子供も一緒でした。星述べの子孫を守るために、物部氏はホシノミナを目指したのです。それは極少ない人数で人目を惑わすために、僧侶の身なりをして逃げました。道中サンカに助けてもらいながらついにイカルガ兵が守る所にたどり着いたのです。
お墓に一緒に葬られていたのが星述べの兄の方です。
信貴山の寺に預けられた子供は弟のほうでした。
物部氏は殺されましたが遺体は残されました。
何故なら坊さんの姿をしていたからです。連れて行かれたのは身代わりの人です。敵がいなくなってから丘の上に葬りました。
昔から丘は (イシカミが作ったと) 大切にされていました。
(私市円山古墳は) 人間が作った丘ではありませんでした

攻められた倭の国

倭の国が滅びたのはまたしても、ジンムです。
ジンムも神武として悪星が生まれ変わらせていました。

倭の国で鉄製品が作られて、海外とも交易していると聞いた神武は、鉄のオノや刀が欲しくなり倭の国も支配下におきたいと・・・
リューの力を借り周りの国々を武力下において、大勢の軍隊で突然、イトやムウラたちを襲いました。
武器なんてなかったんですけどね・・・

ムウラやイト亡き後も、星述べの子供を守って、物部守屋をリーダー?として倭の国は大きく栄えていたのに、悪星に支配されて仏教を推進するヤマトと、その仲間になった丹後の両方から攻められて滅ぼされてしまいました。
倭の国がヤマトの支配下になったのです〜 
。(_ _*)



<ソラ>より〜  2004年5月10日 
福知山の古墳を見て寝た。真夜中
「あの墓の者です。
http://www.kisnet.ne.jp/~matikado/index2.html

http://www.kisnet.ne.jp/~matikado/koukosanpo3.html#3-16
シマズの者にやられたのです。シマズとは、蘇我なのです。
シマズとは、島でないもの = 大陸の朝鮮の者という意味で、ウマシマズとは、そのシマズの者がたくさん生まれるように、という意味で作られた名前です。
あの墓に入っていた半分の鏡は、中国と交易をしていたからです。なぜ半分の鏡を胸に下げていたかというと、倭の国と中国はお互いに交流していたからです。半分の鏡は中国にありました。
珍しい物を土産にもらいましたが、蘇我が全て (ヤマトへ) 奪って持って行きました。私は塩を作っていました。塩を作るのを教えてくれたのが、丹後の人です」
・・・・・・・・・・・

「島でない (シマズ) ということは大陸に降りたという意味で、リュージンのイシキの持ち主です。
リュージンのほとんどが、大陸に降りたので仲間に会いに行こうと思ったのです?」(シマズとは、 【死ぬまでの極限の体験】  の事だそうです。人間として体験する極限の恐怖などを体験させていると言う事)




「蘇我は、 (支配下にならないと) 戦争を仕掛けてくるといいました。戦争を起さないで話し合いをしようと、 (物部氏が) 星述べと共にヤマトに出かけたのです。
けれども蘇我はだましたのです。そして物部は破れ、
この倭の国も滅ぼされたのです」


ウマシマズとは以前に知らされた事がありますが、どういう存在かあまりわかりませんでした。仏教 (リュージンも) を作ったのがプレアデナイで、朝鮮から来た蘇我氏は仏教を広めるために、石神信仰であった物部氏を滅ぼしたという事で筋道がとおります。




《半分の鏡の意味は?》
「倭の国だったという証拠なのです。
ヤマトに服従していないと言う意味なのです。倭の国は中国などと交流が盛んで、南のヤマトと二分していました。そのうち蘇我が物部を滅ぼしたのです。
九州は小国同士争いが絶えず、後に道真は国を纏めるためにという名目で左遷されたのです。近畿地方に似た地名があるのは、倭の国やヤマトのように纏まるようにという意味で真似してして付けられたのです」




<ソラ>より〜  2004年5月11日 
真夜中突然目が覚めて。

「それはひどい事になりました。突然蘇我が攻めてきたのです。シロ、シロ、城のような建物ではなく平らな家? でしたので、すぐにやられてしまいました。(倭の国の者は) 戦いはしなかったので、 (一部の人を除いては?) 武器はほとんどありませんでした。家は焼かれ、男は殺されてしまいました。
何もかも奪われてしまいました。
イカルガという名前だけでなく、(中国?の) 土産もヤマトは持ち去ってしまいました。なぜ倭の国というかというと、ヒミコが “ワ=輪” が大切と最初に “ワの文字” を作ったからです。
【倭】 = ワの漢字の形は“(白い)木 = 稲妻 =ホシノミナにイノる女”  の形を集めて作られたのです。
(以前はイナホの女、と伝えられましたがその一面もあるそうです。すなわちイネを作った国の女)“輪 (和) をもって貴しとする” と (聖徳太子が言っているのは) ヒミコの言葉を盗んだのです」 寝る。

「シブガキの戦いなのです。
物部と蘇我の戦いは “渋河の戦い” と言われている)
猿かに合戦で、カニが育てた柿を猿が取り上げて、渋柿だけをカニに投げつけることからきているのです。(猿 = 蘇我、 カニ = イシカミをあらわしそれを大切にした倭の国のもの)に名前を付これまで大切にしていた物を取っていったことから名づけました」
(山口県に 『渋木』 という地名があり、そこで決戦が行われたようにいわれるのは、道真がこの事を伝えるために名前を付けておいた? 渋カ木)

・・・・・・・
「【曲がった刀】 がなぜあるかというと、あれは石の刀の代わりで、人を切るものでないという事を知らせたのです。石の刀は、イシカミの遺体が軟らかい時に切り取って、石槍などを作っていました。けれどイシカミが岩になったので、鉄で斧などを作りましたが、 (製鉄をしていると) 刀などの武器を作ると間違われるので、曲がったものを作っておいたのです」
http://www.kisnet.ne.jp/~matikado/index2.html
http://www.kisnet.ne.jp/~matikado/koukosanpo.html#1-0

ちなみに
中国の文献に “倭の国” と書かれているのは、中国から見れば日本列島の国はどこでも倭の国と思っていたので、九州の国から来た使者も “倭の国” と思ったようです。





●イシカミ (特に君山の巨人トヨウケなどから) は、農業や生活の知恵などを星述べの者を通して伝えていましたので、文化は飛躍的に伸びたと伝えられています。
当時は星からの言葉を得るために、天文学が発達していたのですが、イシカミより強い支配星の声が強く聞こえるようになって行った為、縄文時代を過ぎると争いばかりの世界になって行ったのです。


●与謝郡加悦町の蛭子山古墳、作山古墳、はにわ資料館
同じくヒルが付いている巨大古墳は、リューの銅鏡などが出ているので分かるように、
リュージンに支配された権力者が治めていたようです。私市円山古墳の穴の開いたハニワの意味が解らないように、三角や四角の穴のあいたハニワがありました。びっくりしたのは、人が入れるくらいの大きな円形埴輪があり、丹後はヤマトの属国?だったので、倭の国に従うものを見せしめにこの埴輪に入れていたそうです。

又、オームの形に似た模様が土器に描かれていましたが、それが蛭でリュージンの子供ということを表しているそうです。きれいに整備された博物館でしたが、冷え冷えとしてなんとも言えない感じがしました。






人間が地球に住むのに、余分な土地や建物はいらないと言うことです。一部が大きいのは、指導者の元に人が集まるためには必要だということです」

・・・倭の国は皆、平等であったので、指導者の物部も少し大きめの家だけだった、ということを知らせたようです。

それに反してヤマトは、仏教の教えの元、働く者と貴族や僧侶など労せずして搾取する者にわかれ、貧富の差が激しく、仏教建築など大きな建物などを建てていたり、何度も都を変えたりして、決して理想の国ではなかったということを知らせたようです。




ーーー倭の国にもヤマトに従うのがイヤだと思う人たちがいました。石を信じる人たちにかくまわれて散りじりに倭の国を去って行きました。
朝鮮から来た仏教を国民に押し付けようとしていた蘇我は、人々の信頼を得るために、
物部氏の人気にあやかろうと考えて物部の女性を無理やり蘇我と政略結婚させたりしたんですよー (-"-#)                  

そして倭の国を封印してその入り口をふさぐために、異常な数の
お寺を建てた京都の町が作られたのです。
                ・゚゚・(×_×)・゚゚・

由良川沿いの国

ーーー由良川沿いにあった「倭の国」の話です。


<ソラからの真実の歴史>より〜
倭の国はヤマトに比べて平等で、特別な権力者もいないため富が一部に集中する事はありませんでした。当時はイシカミの巨人やイシジンもまだ生きており、農業に必要な水を得るための池や川を作ってくれたことを人々はよく知っていたので、皆イシカミの教えをよく守ったのです。それで、他の人から搾取してまで自分達がゼイタクをするということはなく、地球から与えてもらう自然の恵みに感謝して生活をしていました。
また遠く中国や朝鮮との交易も盛んに行われるようになり、由良川をさかのぼって山の物と海の物や日常品から海外の珍しい品物まで、交換する市が設けられました。】


ーーーそんな倭の国を作ったのは、生まれ変わっていたイトとムウラでした。
ソラから見ていたイトはムウラが生まれ変わるコトがわかったので自分も生まれ変わろうと思ったのです。  d(⌒o⌒)


大きくなったイトはヒミコと同じく星述べでした
当時はまだ支配星の影響があまりなかったようです、、、
その後生まれてきた星述べを通してイシカミが知恵を授けてくれるので、周りの人々は星述べを大切にしていました。


出会った二人はともに、イシカミの巨人に呼ばれた記憶を持っていたので再び一緒に暮らすことになったんですね〜 



ノアとムウラは由良で生まれ変わりイシカミの教えや前世の記憶がヨミガエり「鉄」を作りだせました。
木を切るためによく切れる鉄のオノを作ったりしたので、周りの人たちは教えを請うようになって、ノアとムウラの周りには自然と輪を大切にする集団ができました。


【当時はあちこちに鉄鉱石が散在し砂鉄も豊富にあったので、砂浜に斧の形を作りそこに鉄の固まりを入れて、火を燃やし続けて鉄を溶かし斧の形にして、先を尖らせて斧を作る事を人々に教えました。
この鉄の斧は宝のように大切にされ、子孫に受け継がれていきました。】


魚を獲る網の作り方を教えたりもしました。
穏やかな二人をみんなが尊敬し由良川沿いでは海のモノと山のモノを交換する場もできて、しだいに大きな村になっていったそうです〜

これが倭の国のもとです。
「国」なんて感覚もなかったでしょうけど・・・
                 \( ̄^ ̄)”



http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20040317215712


【大江山に天吹男命(あまのふくおのみこと)が祭られていますが、それは日室岳の分身の“天の岩戸”と呼ばれる岩になった巨人で、ムウラの製鉄を助けるために空気を吹き込んでいたのです。
また大江山の北原遺跡には多量の鉄かすが残っており、製鉄がなされていたことがわかります。】



<ソラ>より〜
・・・又渓流沿いに天岩戸神社がありましたが、その手前に巨岩が川をはさんだ両脇から突き出ていましたがそれが “アマノ岩戸” で、そこに降りてその事に気付く事で、 「アマの岩戸は開かれた」  と伝えてきました。


ヤマタイコクが滅んで長い年月を経て、意識の世界で休んでいた大国主はオオクニヌシとして生まれ変わり・・・
同じ頃、耳が聞こえず言葉が話せない身体でノアも生まれ変わり、ノアの子供としてムウラも生まれ変わっています。

それはイシカミたちが何としても自分たちのコトを伝えて欲しいという思いからです。

由良川

今回揺れた能登半島の根元あたりから
西へグルッと海岸線を行ったトコロに
『由良川』の河口があります〜



      20070328145750.jpg
        ↑この上辺の凹んだところです。



      20070328150255.jpg
    ↑由良川



富山湾は立山のイシカミと関係しており、
http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20060312134409
能登半島はノアの親子が日本に来たら、能登半島で
引っかかって、倭の国になる丹波へ行くために創られた
と伝えられています。



そして、石川県の志賀町が隆起したのは、倭の国にあった
シガサトのことを知らせるためだと・・・
          ヤマタイコク物語=参照



ーーー由良川のほとりにあった【倭の国】
  平和な平等な国だったようです〜  d(⌒o⌒)

<ソラ>より〜  2004年3月6日 夜中突然目が覚める。

トヨウケです
私は悪い者ではありません。今度の物語に付け加えてほしい事があります。それはヤマタイコクが滅ぼされた後に出来た国のことが消されていることです。そのことに気づいてください。
ヒミコがワが大切と言ったことから生まれた、ワの国 (倭の国) のことです。ワの国は倭と書き、 “イノリをするホの女” という意味です」(ホは亡くなった後別れるというカタカナの意味)

「(魏志倭人伝の) 倭の国とは、 日本 (列島) の国だと中国の人は思っていますが、本当はここなのです。その倭の国は、私が作った由良川のほとりにありました
(綾部と福知山にまたがった平野から 由良川下流の沈下した広大な平野に発生した国)
http://kammuri.com/

「私はトヨウケです。
【聖塚】 や 【あやめ塚】 も作りました。
これは (巨人トヨウケの) オッパイのつもりで作りました。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/kohun1.html

由良川は私一人で作ったのではありません。
もう一人の弥仙 (=君尾山の巨人) と一緒に作りました。
二人で作ったので由良川は (急角度に) 曲がっているのです。弥仙は男性の巨人で、落としモノで 【山家の立岩】 で残しました。
http://www5.nkansai.ne.jp/users/nbcayabe/ninokuni/photo.htm
私 (トヨウケの身体) は今は山になっています。 
(私市円山古墳とその裏の小山)





<ソラ>より〜  2004年3月7日 真夜中突然に

「オオシ アマノサト (凡海郷=おゝしあまのさと) では、3日3晩地震が続き地盤が沈下したのです。その事を語り伝える事をヤマトの者は禁じましたが、イシカミに守られた人は語り伝えました。  (口語り=呂)
けれども正しい年代はわからず、ヤマトの者の言うままに伝え700年にしたのです。  (実際は500年代)
(福岡でも博多湾は平野であったが、沈没したが、その事を口にすると再び同じようになると、口外することを禁じたとチャネリングで知らされた)
今お知らせしているのは沓島 (五老岳=語録岳) のイシカミです。 (足にサイン)
イシカミが揺るがした (地震を起した) のではありません。
とてつもない星 (ルシファー = 惑星R) が衝突したからです」

「空に向かって叫びました。
仲間を殺さないでと。それでようやくおさまったのです。
私がオオシ アマノサトの者でした。浜の向こうで船に乗っていました。大きな波が寄せていき、浜の人達や家を呑み込んでしまいました。
そして再び浜が現れる事はありませんでした。
そのまま浜は海の下になり、次々と陸が沈んでいき山が海まで迫ってきました。本当は“オーイ、アマのヒト” と呼びかけた言葉なのですが、ヤマトの者が “オオシ アマノサト” (凡海郷) と呼ぶように強制したのです」 (右人差し指にサインあり)

「新しい時代に入りました。
倭の国のことを伝えられたからです」




昨日の ↑“倭の国” の情報について、これまでの文献などとあまりに違いすぎるというご意見を頂きましたが、そのことに対して。
<ソラ>より〜  2004年3月7日(日)

「倭の国とは、 由良川沿いの国だったのです。
当時は船の交流が盛んで日本を代表していました。
(由良川では、近年まで船の交流が福知山までありました)
なぜ証拠となる物が残っていないかというと、宝物など贅沢な物はあまり交易していなかったからです。
この地の人は殆んど皆平等で、階級の差が少なかったからです。後半には珍しい物も買うようになりましたが、それらは全てヤマトへ持っていかれ、館という土地の名前しか残っていないのです」

(物部町の近くの綾部市館町で、私市円山古墳の近くにある)
http://www.kisnet.ne.jp/~matikado/koukosanpo.html#1-0

由良川沿いということは、綾部盆地、福知山盆地合わせた地域です。
福知山とは、【山=イシカミを知る事は福】 と言う意味だそうで、トヨウケが(テレパシーで)教えたそうです。





ーーー【由良の戸】=ユラノト・・・浮んできませんか?
  聞いたコトがあるでしょう〜  (・_・o)ン? って。。。


<ソラ>より〜  2007年3月4日
舞鶴湾の沓島、冠、由良の戸(由良川の河口の砂州)安寿姫の塩汲みの浜、元伊勢の外宮(ムウラと部下を祭ったたくさんの祠)日室が岳の麓など回ってきました。
その日にわかったことは、黒い四角が二つビジョンで見え、プレアデナイの王女と乳母のエネルギー体が強かったようで消滅しました。

由良の戸(由良川の河口の砂州)
http://sora.ishikami.jp/image_dir/
画像では由良川の大きさがちょっとわかりにくいですが、大きな川の河口がこのように砂州でとても狭まっています。

これは大陸からのリュウジンが川を伝って日本に入らないように、近くのイシカミが戸を作ろうとしたそうです。由良川はかって倭の国の中心を流れて、海と山の人たちの交流に使われてきましたが、イト*を誘拐しヤマトへ連れて行ったのもこの川を利用しました。
それを隠して歌った和歌が
  「由良のとを 渡る舟人 かぢをたえ 
          行くへも知らぬ 恋のみちかな」


これはイトを誘拐した後、その噂が広まると困るので、ヤマトが川の行き来を止めさせたということを歌っていると伝えられました。
又、近年は出口ナオ、オニ三郎はプレアデナイの指示にて、由良川近くの沓島、冠島にリュウジンを隠させ、そこからリュウジンのエネルギーを送り込ませていました。
それが由良の戸の意味がわかり、見えない世界ではその戸が閉じられたことで、大陸からのリュージンが日本に入れなくなったということを、この日、日本海で急速に発達した低気圧*で知らせたそうです。

益虫・害虫

「昆虫」っていってもいろんなモノがいます〜 
ソラのものたちが送ったのは「アリ」でした。
そして、ミツバチ・団子虫だそうです〜
    あ、ミミズ。
ーーー蜘蛛もそうですね。 d(⌒o⌒)

団子虫って葉っぱを食べちゃうんですけど・・・?


クロップサークルとその意味↓
http://www.lucypringle.co.uk/photos/1997/uk1997bs.shtml
アリも私たちが作ったということを知らせました。

<ソラ>より〜  2005・8・20
#)8月20日 真夜中右ひじが、
1回だけチクンとするきついサインで目が覚める。
「今まで攻撃されたことに対して、肘鉄をくらわすという意味で知らせました。地球です。ナノ (極小) の人間が死んでも気になりません。人間もソラのモノの化身であるアリを平気で殺しているのと同じです」   目がゴロゴロとする。
「この真実の情報を、、、、、、。何時まで知らない振りをするのか、、、、、、、、」寝る。(きついサインで、言葉もきつくて、地球の怒りが良くわかりました)
・・・・・・・・・
#)「森は地球が生きていくのに、必要な働きをしてくれます。
けれどもその中にいる地球の邪魔モノが、チョウや虫 (甲虫類?) です。それらは形ばかり目立つように作られ、何の役にもたちません。それに比べて、地を這うアリやダンゴ虫は地球の掃除をしてくれます。それぞれを人間に当てはめると、何が大切かわかります」(人間も外見ばかり気にして、形ばかり着飾っても意味がないということ)




ハムナプトラに出てきたのはコレではなかったかな・・・
フンコロガシ=スカラベ。
テレビにもよく登場しますが↓↓

スカラベ=【2006年10月20日追記】
下の穀物模様でスカラベは良いように書いていましたが、ベガが送り込んだもので、丸=イシカミをフンころがしをさせて愚弄したもので、支配星がイシジンに書かせてエジプトの人々に崇めさせたのです。
ベガ星は甲虫や蝶を送り込んだ星で、地球のためには何もならず、外観ばかり気にする

http://sora.ishikami.jp/cropcircle/index.php?id=280
http://www.lucypringle.co.uk/photos/2005/uk2005ct.shtml#pic2



<ソラ>より〜  2005・7・23
・・・プレアデナイの子供の星に支配されていたのです。
その子供の星がプレシオスなのです」
プレシオスのイシキは消滅した。と宣言する。

プレシオスはプレアデナイの分身です。早くからリラに隠れていたのです。宮沢賢治は早くから、プレシオスの存在を知っていたのです。それで【プレシオスの鎖を解け】と警告をしていたのです。
http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20020116134022
http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20020117203743

そして結核にされ、強迫されて仏教を信じる振りをしていたのです。今日、又してもプレシオスに支配された団体に利用されていたのです。リラはチョウを地球に送り込んだ星です。チョウは派手な姿をしていますが、幼虫は害虫でその被害は甚大です。チョウはリラそのものをあらわしています」




ちょこっと鉢で花を育てたり、小松菜を植えたり
しているけど、これからの時期必ず!
     虫に食べられちゃうんですよねー 
   (-""-;)  サニーレタスもやられました。
そろそろ収穫かなァって思っていると、
 ある朝葉っぱが無い!

  毎年、虫は天敵だと思ってきました。

まァ、虫がくるのも何かあるんでしょうけど・・・
虫がいなくなったら、スッキリするのは確かです。



クロップサークルと意味↓
http://www.lucypringle.co.uk/photos/1994/uk1994di.shtml
ミツバチのように、たくさんのプレゼントを宇宙から運んでいます。


ーーー昆虫とは関係ないけど、
   キレイだったので紹介↓
http://www.lucypringle.co.uk/photos/1999/uk1999du.shtml
これは星のものが折り紙をしたのではありません。
星の塊から離れることが出来ないということです。
人間は星から魂が降りているので、星からのお知らせを聞いてください』という意味です。

髪の毛・part2

【髪の毛座】 って知っていましたか?

ワタシは初めて聞きました・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:星座
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%AE%E3%81%91%E5%BA%A7



<ソラ>より〜  2005・7・19
「髪の毛座のものです。
人間を創る時に、髪の毛を残すように言ったのが、髪の毛座のものです。そして (中国で) 髪の毛を長く伸ばす民族を作ったのです。そこには、巨大な天窓を形成する絶壁があります」
通霊大峡谷*
http://www.china.org.cn/japanese/38574.htm

「なぜ、丸い断崖絶壁になっているかというと、“地球の原子は輪になる事が大切です。輪にならないとこんなに大変な事になります”と、原子たちに見せているので、(原子たちが手をつなぐので) 丸い地球になるのです」

その後TVで見た断崖絶壁《イメージ》

* )通霊大峡谷=古代の石壁に、赤いカエルの形をした人間の岩絵が、高い所に描かれていたり、古代の断崖の上に置かれた石?棺などがあるそうです。

「桂林の岩山は、イシカミの分身たちがいつでも見ていると知らせるためにそのままの形で残っているのです。髪の毛座のものがそこ*で、かみの毛を大切にする人間を作ったのです」
http://members.at.infoseek.co.jp/ikokunotabibito/minzokuishou/yao.htm
* )そこ=断崖絶壁に石の箱があり、その中で人間が創られ、かみの毛を大切にするように教えたので、長い髪の毛のヤオ族がいる。

「なぜ、そのような高い断崖で人間を創ったかというと、石の箱を壊されたり、お棺に使われないようにするためです。高い所で生まれた人間は、イシカミの巨人が手の平に乗せて地上に降ろしました。それはナスカの地上絵を、同じ事 (手の平に乗せる) をして人間に地上絵を見せた事を証明するためです。カエルのような人間の岩絵を描いたのは、イシジンがその姿をしていたからです。イシジンは、小さなイシカミ人間で形は人間と同じでした。けれども人間のように二本足でも長くは立ってはおれなかったのです。手足があったので絵が描けたり、不思議な岩を作ったりできたのです。」




ーーー髪を大切にっていっても、
これは生活に支障がないんでしょうか〜 
               σ(⌒▽⌒;)


ナゼ、そうなっているのか。
ナゼ、なぜ?を知ることが大事なんです。
               ( ̄‥ ̄)V

すべてに意味があって、つながっているからです。





<ソラ>より〜  2005・2・18
人類共通の目的は、
この地球が生物の住む星になったのはなぜか?
人間がどうして生まれたか?
それを知ろうとする事が人類の共通の目的になると思います。


そしてその事を認識する事の出来る生き物を作ろうと、宇宙全体の知恵を絞って出現してきたのが人間だそうです。どうして全身毛だらけの猿から、人間が進化したのか?
偶然になったのではなく、猿にいくら長い毛皮を着せても (オランウータン) 雨が降ると病気になり早く死んでしまうので、雨風をしのぐ家を作る能力を持つ脳に進化させると、毛皮が無くても長生きできて良いと思ったからだそうです。

それで頭など一部にだけ毛を残したそうですが、“髪の毛” がなぜ頭の上にあるかというと、頭の上 = ソラに人間を送り込んだ存在がいることに気づかせるためだそうです。






<ソラ>より〜  2005年6月15日(水)
髪の毛のなくなる夢
 
震源地 北東太平洋緯度 深さ30km M 7.4
前日にはアリューシャン列島でもM6,6の地震がありました。

先日頭頂部の一部の髪の毛が刈り取られたり、右眉毛がなくなっていると夢の報告があり、他のチャネラーからの情報や実際知らされている事と大きな地震が起きていることで一致しますのでお知らせします。

(ちなみに髪の毛や眉毛がなくなるという、毛は無数の名のない星でソラのものたちのことをあらわします。あまりに人間がソラから知らされる情報を無視し続けるので、地球を応援するのを一部のソラのものたちが止めたということです。その結果厳しいお知らせがあると思っています)




ワタシたち人間だけでは生きていくことは出来ません。
そして、地球を応援してくれる「ソラのものたち」がいないと生きてはいけないんですよ。。。    ( ̄‥ ̄)b

ソラのものたちと共に進むには、ワタシたち「人間の思い」がポイントなんですねー
悪い思いの星を近寄らせるコトなく、
力を与えるコトなく、
地球に住まわせてもらっているコトに感謝して、みんなで
分けあい、争いはやめましょう〜



既成の思い込みを消して真実に目をむけないと
ワタシたちの未来は見えないってコトなんだけど・・・




「白髪=しらが」について〜

<ソラ>より〜
《イメージ》
“一寸息抜きに河原へ自転車で出かけて背伸びをしている“
「このように身体を動かすことは大切です。
 頭に白髪が増えるのは髪の毛が色素を抜いて、
 元に戻ろうとするからです。
 それで (白髪になると) お終い (死期) が近づいたと
 思わないで下さい。それを一番皆に知って欲しい事です。
 (白い光=本当ですと)
 白くなるというのは元に戻るということです
 悪い事をしていた星たちが宇宙の大元に戻るということです」

髪の毛

知り合いの男子高校生が
ボウズにしようかなァ・・・って言うので o(><)o
ーーーダメダメ〜〜〜

どうしてそうなったかと言えば、カットしてくれた
美容師さんがなんだか今回変な形にしてしまって・・・
どうしても気に入らない。

いっそのこと「ボウズ」にして伸びるのを待とうと
言うんです。かなり凹んでいる様子〜

でもね・・・ちょっとまって。




<ソラ>より〜  2005年1月7日、真夜中。
「ケフサのお話をします。
ケフサとはおヒゲのことです。
ケフサにするようにしたのは、悪い星のものでした。
ケ (という文字の形) は頭の上に奉げる形を表わします。なぜ頭の上に持ち上げるかというと、“これだけの食べ物を与えてくださってありがとう” と頭の髪の毛に見せているのです。頭上の髪の毛が無数にあるのは、頭上のソラの名のない星をあらわします。食べ物を与えてくれたソラのものやイシカミを表わす髪の毛を忘れさせて、顔のひげに意識を向けさせたのが、支配星です。
そして髪の毛を帽子やターバンやスカーフで隠させたのが、支配星が作った宗教です。
最もひどいのが、毛を剃り落とさせている仏教です」

これと同じ事は早くから知らされていますが、食べ物を頭上に奉げるという意味は初めてでした。




<ソラ>より〜  2004・4・7
(ユダヤ教の) “あごひげ” は頭の毛と同じで、(髪の毛は頭の上の無数のモノ=空の星をあらわす) 口から発する言葉はソラのものが知らせましたので、無数のひげを生やしたのです。
(その髭を) 大切に守っている事は、 (本質としては) イスラエルの教えも正しい事でした。ただごらんのように現在ではあまり見よいものではありません。そして生贄をささげるという儀式が伝えられたのは残念でした。人間は血を見ると恐怖心と残酷さを呼び起こします。そのことを感じる人間の思いは、どちらも支配星のエネルギー源となっていました。けれどもシリウスは人間の生活をより快適にする事に貢献してくれました。




<ソラ>より〜  2005・3・29
「古い考えを堅持する事で悲劇が起こっているイスラムの社会では、服装を見ても活動的ではありません。けれども西洋社会においてネクタイが正装と思われていますが、あれこそ、支配星は人間が自由に言葉を発しないように、いつでも首を絞める事ができるようにという意味がこめられた服装なのです。
ちょんまげが正装と言っているのと同じなのです。
ちょんまげも、仏教で (ソラのものをあらわす) 髪の毛を剃らせたのと、髪の毛をリューの形にさせて乗せさせた人間を愚弄する髪型ですが、未だにそれを良いと思っています」






ーーー髪の毛ってとても大事なんですね〜
マァ、身体で大事ではないモノなんてないですけど・・・


髪の毛はソラのものをあらわし、それに目をむけさせないようにするので坊主頭だなんて、、、意味を知るといつも、驚きます。
「ちょんまげ」がリューの形だとも、思ってもみませんよね〜

なんとなく昔からしていることだから・・・
   って言うのが恐いコトだと思いましょう。




<ソラ>より〜  2006・1・7
再び冷たい風で目が覚める。
「シャロンです。知らせてほしいことがまだあります。
頭の上のもの (ユダヤ教の布?) についてです。
それを今もしている人たちへ知らせてください。それはシナゴークを無駄にすることです?そしてユダヤに帰れ、と今も仕事に言っている人たち (宗教指導者?) に伝えてください。

・・・・・・・・・・

*)シャロンのソラ検索参照
http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20040329121340
*)ネタニヤフ
http://tanakanews.com/990607israel.htm
より
「自分で火をつけておいて自分で消す、という作戦をとった人」
* )シナゴーク=ユダヤ教の宗教施設ということは知らなかったが、はっきりと言葉になる。

再度、冷たい風が吹いて目が覚める。

「まだ知らせたいことがあります。位置についたので (重体?) 知らせようと思います。頭の上になぜ (布や帽子などを) 乗せるかというと、いうことです。それは見つかるからです。頭に (エネルギー体などの) 入る穴があるのを、見つけられるからです。けれどもそれをすることで、返ってそれらのものが、余計入りやすくなったのです。

なぜなら、(名のない星をあらわす) 髪の毛がない人だと (入ろうと思っているエネルギー体などが) 思うからです。邪魔をする髪の毛がないと思い、入ろうとするのです。それが今も知らされないので、(頭に布などをのせるため) 争いを好むエネルギー体が入り込むのです。そのことを伝えてください」

アクセサリー

オトナになるとアクセサリーもチャラチャラと〜
いえ、ジャラジャラでしょうか、みんないっぱい着けてますね。

ハニワでも見た気がするし、こういうのは昔から???



勾玉=まがたま』です。

<ソラ>より〜
勾玉】 の意味を聞かれていた。
「ヒミコの娘です。
小さかった子供と離れて暮らさなければならなかったので、その子供達を偲んでいたのです。囚われている間、きれいな石をその子供達と思って手に握っていたのです。するとあの形=勾玉の石になっていたのです。それでその石を首にかけていたのです。悲しい母が子を思う心が石をあのような形にしていきました」
(以前は、亡くなった子供を偲んで首にかけていたと他の女性? が伝えてきていました) 



『土器の耳飾り』についてです。 d(⌒o⌒)


<ソラ>より〜  2006年8月17日
http://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20060817212600
土器の耳飾り?を見ていると
「イシジンがイシカミの言葉を聞くために、耳にはめていたもの」と伝えてきました。
イシジンの他の原子たちは手を離して分解しても、これらの原子はいて座を知らせるために、しっかりと手をつないでいるために今も形が残っているようです。

「オオクニヌシがイシジンだった時は、耳がいて座の形をした円形で穴が開いていたのを、耳当てのようにつけていた。そのイシキが人間として生まれ変わってからも、イシジンの時のことを忘れないために、耳の横で髪の毛を丸くしていた」というようなことを伝えてきましたが、もっと詳しく知らせてと言って寝ました。
・・・・・・・
「(以前サマルカンドと言ったのは) そこは、ツレ、ツレ・・・・・・・“連れ”を探していた所です。私の母 (ペトラのイシカミ) は秘密のことを教えてくれたのです。それはホシノミナが東の果てに降りたということでした。それでそこに行こうと思い、(サマルカンドで) “連れ”を待っていたのです。しばらくすると耳に丸いものをつけたオオクニヌシが来ました。丸いものはいて座をあらわし、同じ目的を持っていることがわかりました。耳の丸いものは、いて座の言葉を聞いていたのです



耳のトコロにある丸いのは、いて座の言葉を聞くためだったんですね。 d(⌒o⌒)
いて座はイシカミさんたちの故郷です〜

しかし、ピアスはどういう意味なんでしょうか?



http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20030122161517
【ピアス】
ピアスをなぜするようになったかと言うと、耳に金属を付けそこにエネルギーを送ってもらい、自分も神と名乗る声を聞きたいとその人のイシキ (霊) が思うからです。 (顕在意識は思っていなくても)



神の声を聞こうとして・・・?
いえいえ、「ワタシが神だー」なんて名乗ってくるのは要注意ですよ。「こうしてやるから〜こうしなさい!」なんて言ってくるのも要注意です。 ・゚゚・(×_×)・゚゚・

ネイルアートの星

ネイルアートが流行るのは甲虫を送り込んだ星のせいでした。
虫はイロイロと送り込まれているけど、
ほとんどが人間への嫌がらせですね〜 (-"-#)

せっかく育てている作物を食べてしまうし、
花も苦しめるし、、、



宮司の帽子のタレは昆虫の星が
“触覚を持つものを神と崇めるように”
   と送り込んだ教えをあらわしています。



<ソラ>より〜   2004年9月7日(火)
バッタのニュースを読んでいると
「アフリカのバッタの猛威は、今もバッタを送り込んだ星を崇めているからです。
(垂纓・すいえい = 神主の帽子の垂れている部分、は昆虫の触角をあらわしていると以前から知らされています。また、中国には昆虫を神聖視する宗教もあると以前放映されていました)
そしてその星にとって一番エネルギーになる物を供える事がなされているからです。その物とは、お米・お酒・塩なのです」
(以前、リュージンもお酒と塩が好物と知らされました)



<ソラ>より〜 2004・9・25
今なお、悪い昆虫の星から知らされた儀式 (絵帽子の垂れは触角をあらわす) を重んじているので、地球の反対側ではイナゴの大群が発生し、人々の食料が奪われています。一枚の着物にどれほどの庶民のお金と苦労がかかっているかわからないのに、それを12枚 (十二単姿) も着て見せびらかしをするのが良いと思っている人たち。それらを聖なる儀式として2000年以上も続けてきた事は、?????(文字が乱れて意味がわかりませんでした)  どころか大いに人々を苦しめてきた事に他ならないのです。
このことはお知らせに載せて欲しいのです。
9月21日に起きたバルト海の地震の意味を考えてください。
(これまで地震が起きなかった?)


ーーーシルクの元である蚕も悪星が関係しています。
絹はゼイタクな品物で、値段は高いし洗濯は出来ないし、
着た洋服はザブザブと洗って、さっと着たいものです。 
                 \( ̄^ ̄)”

ーーー金持ちや権力者のためのものでした。

「蚕」も昆虫ですから・・・




<ソラ>より〜  2005年10月23日(日)
#)室内にトンボが入っていて弱っていたので、寒くなった今頃になぜいるのかと聞きました。
「トンボは昆虫です。
益虫と思われていますが、これも蚊などを送り込んだ支配星の仲間がトンボも送り込んだのです。そして蚊を退治するので良い昆虫と思わせ、大切にさせたのです。人間に昆虫をあがめさせることで、それを送り込んだ星が人間を支配していたのです。それは中国で始まり、日本でも神主の帽子であらわされています。
(神主の) 帽子のたれは昆虫の触覚をあらわしているのです。そして日本中の神社で (知らぬうちに昆虫の星を) あがめていたので、(アフリカなどで) イナゴの大発生をして人類に嫌がらせをしていたのです」
(同じことをこれまでに何度か伝えられていますが、猫も同じで悪いネズミを獲るので良いように思われていますが、猫も支配星が送り込んだ動物で、これが多い場所は、より強いイシカミ封印がなされています。なお、先日伝えられたことは、猫の出入りは猫にエネルギー体がついて入ってくることでもあると知らされました)



<ソラ>より〜  2006年10月22日(日)
(左足のクルブシにサインあって、黒い大きな光があらわれる)
「(ユダヤ教のラビ?)
ベガに支配されていたので、ユダヤ教徒は黒い服を着るように言ったのです。いつも外観に気をつけるように言ったのもベガなのです。(楕円の白い光=本当)
(ユダヤ教徒が) もみ上げの毛*を伸ばすのは、昆虫の触角をあらわすように教えたのです。」
*)もみ上げの毛=ユダヤ教徒が耳の所の一部の髪の毛を長く伸ばす習慣

【ベガを消滅した】

お化粧の意味

春になって新生活のスタートです。
新社会人になる女性たちがお化粧を始めマス。

しかし、、、なんでしょうねー 
        ( ̄ー ̄?).....??アレ??

お化粧をする意味っていうのは???
不思議ですよね〜
あんな白いものを顔中に塗って、しかも女だけが〜



お化粧の起源を調べてみると。
http://makeupbeautiful.nomaki.jp/
【古代エジプトやローマなどで装飾目的と共に呪術的な意味合いで行われるようになりました。その後1世紀頃までは、呪術的な意味合いで化粧が行われていました

古代ギリシアやローマの化粧はエジプトから伝わったとされています。ローマでは肌の白が美しさの基準であったために、入浴が盛んに行われていました。現代でいうパックも盛んに行われ、鉛白などが使われていたそうです。贅沢が好きなローマ人は香料を大量に使用し、髪に付ける香油を浴室でからだにすりこんでいました。】




ソラでは化粧=おしろいについてヒミコが伝えています。

<ソラ>より〜
「おしろいの物語です。顔におしろいを塗ることをなぜ始めたかお知らせします。
落とし物の石を粉にして顔に塗ると、女の人がおもらいもの(鉄?)を身体に取り入れることができ、元気になったからです。当時は落とし物を粉にすることが簡単にできました。
そしてそれを顔に塗ると、身体がぽかぽかして軽くなったのです。それでおしろいとして使ったのです」


ーーーそうなんだ〜って意味の深さに驚きです。
女性は鉄分不足に悩まされますから、なんとか「鉄分」の補給を考えてくれたんでしょうね・・・


落とし物とは なんでしょうか? d(⌒o⌒)


ソラ辞典 : 2002/7/25
落とし物地球の引力に引っ張られて、イシカミの餅のような柔らかい身体から“しずく”のように落ちた物で、イシカミの身体の一部。 それは次第に石のように固くなっていったが、はじめは柔らかくて加工しやすかったので、イシカミは自分たちが存在していたことを示すために「変わった形の岩」などを作っておいた。
またイシカミはその落とし物で、大きな巨人を作った。それが巨人伝説やデエダラボッチとして世界中で言い伝えられている。



はおしろいに欠かせないもの〜」とも言ってきています。



このまえ、とんでもない爪を見ました。
倖田さーん、まるでまるで○○のようでしたよ。
        !!!Σ(゜o゜ノ)ノそそそそそっ


<ソラ>より〜  2006年6月26日(月)
#)ネイルアートが流行っていますが、これは甲虫の星が教えたそうで、爪は死んでいるものなので、塗料を塗っても良いと思っているそうですが、とんでもないことです。
家事に向かないこのおしゃれに意識を向けさせるのは、派手なことの好きな支配星の仲間だったことをあらわしています。
同じ爪で、創価学会の会長のお墨付きだったという中0俊0が爪に異常をきたしたのは、進む道が違っているからで、爪が抗議したそうです。

南極と地軸移動

ーーー地球は何度かの地軸の移動をしていて、
   現在の気候になっているのだそうです〜
これで、終わりなのかどうかは・・・わからないですよね。( ̄‥ ̄)b




<ソラ>より〜  2005・4・21
南極のイシカミ
http://www.dmcquinn.com/Photos/Antarctica/extras/Still_Water.JPG

を見ていると
「暑かった事を覚えています」 と思いがけない言葉でした。
確かに以前情報では、地軸移動するまでは南極は赤道直下にあったと伝えられましたが、その後調べると南極にも恐竜の化石が沢山ある事がわかり驚きました。
(南極のいて座の王女は遅くに降りて来たワイノイア。
南極大陸が今の位置に移動する前は、インド洋に大陸があったので、レムリア大陸と呼ばれていてそこのアンドロイドのエネルギー体がワイノイアの真似をしてレムノイアと呼んでいて悪さをしていた)


#) 南極のギネス級巨大氷河の衝突
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050421-00000403-yom-int
http://www.earthfiles.com/
巨大なヘビの模様や、南極の巨大氷山のシンクロです。

「ワイノイアです。
私は恐竜が嫌いだったのでこちらに来れて良かったです。
暑かった時には島 (大陸) は嫌なものばかりでした。
私は地球に降りた後、何も仕事をしませんでした。それは嫌な大蛇がすぐ来たからです。巨人も人間も作りませんでした。
そしてひたすら身体を硬くしていました。恐竜は、名のある星達が送り込んだのです。それでシリウスは、 これまで地軸移動があった事を知らせる為に、囚人に (ビジョンで見せて) 南極の地図* を書かせたのです。南極もかっては多くの生物が住んでいたことを知らせる為です。
私 (ワイノイア) が何もしないで氷の下にいるだけと思われないようにしてくれたのです」

南極の地図 = ピリレイスの地図
エジプトのカイロの上空から見た南極の地図のようで、人工衛星で見た氷の下の地図とほぼ同じで不思議とされている。1513年に描かれたとされているが、大昔の地図20枚を参照に描いたというのも、大昔にビジョンで見せられて描いたというと意味がわかります。
http://stver.hp.infoseek.co.jp/map.htm

ちなみに 【コスタリカの石球】 ↑も巨人がイシカミの体の軟らかい時に、薄い布のようなものでオニギリを作るようにして作ったと伝えられています。大小さまざまなのは、星をあらわしているからです。



<ソラ辞典>によると〜
■地軸の移動
マヤ文明では、支配星に操られた人間により悲惨な生贄の儀式などが行われ(ソラ辞典 マヤ暦参照)、人々は極限の恐怖を感じていた。人々のイシキが、早く生まれ変わりたいと助けを求めて彗星を呼び寄せ、AD400年頃メキシコのユカタン半島に太陽系の惑星であったルシファーの星のものが彗星となり衝突した。そのときに地軸が移動して、地球の気候は激変した。
地軸の移動前(ユカタン半島の彗星の前にも何度かに亘り地軸移動した?)には、赤道がちょうど南北を通っていたので、現在寒い地域も地軸移動前は暖かかった。地軸の移動があったことを考えると、南極から恐竜の化石がみつかっているなどの謎も解ける。




ーーー南極の古代地図についてのお知らせがあります。 d(⌒o⌒)
古代の南極って、オーブンから取り出すトキのミトンみたいね。



<ソラ>より〜 2004年2月28日18時
地軸移動したのであれば、その前の極は南太平洋と南アフリカになりますが、そこは今のような極のような寒さで氷が張っていたのかと聞きました。

「(AD100年前後?) 巨大彗星がメキシコ半島に衝突する迄は、地球は厚い水? の層に囲まれていて、地球全体が同じような暖かさだったのです。彗星が突入することで大陸も移動し、水の膜が壊れて一気に極に氷が張ったのです」
無理に聞き出したので、本当かどうかはわかりません。

【南極は恐竜の楽園だった】

なぜ巨大彗星が地球に衝突したかと言うと、メキシコ文明では支配星の残虐な部下が、人間を悲惨な生贄の儀式などさせ、極限の恐怖心をあおるために宇宙の果てまで、その恐怖の想念が満ちてきて、それを無くするために彗星が突入したと伝えられています。

けれども彗星の突入で、地軸が移動し異常気象で政情不安となり、日本ではそれまでのいて座の巨石信仰が破れ、より強いプレアデナイの支配による仏教の支配が始まったのです。 (物部守屋が破れ、聖徳太子が勝ったこと)

【南極の古代地図の存在】http://www.johokan.net/history/Rekishi/Fingerprints/FP-Gods-text.html

注: 紀元536年に起こった彗星衝突?
【2004年2月20日 国立天文台・天文ニュース(701)】 より一部抜粋。

天体衝突によって気象異変が起きることは、かなり以前から指摘されてきましたが、紀元 (=西暦) 536年 から 約 10年 に亘って起きた地球全体の寒冷化が、彗星の衝突によるものだとの新説が登場しました。
木の年輪を調べると、その成長速度の差が分ります。その差は主に気温に依存しています。 536年からの10年間は気温が低下したことが、世界各地の年輪測定からわかっています。しかも、平均で3度も下がったといわれているほどで、536年は、この2000年の間でもっとも気温の低い年だったようです。
また古記録によれば、この時期には空の透明度も悪く、地中海では「乾いた霧」が立ちこめ、太陽が月のように輝きを弱めたとの記述もあります。





<ソラ>より〜  2004・9・17
「真中から割れている丸い岩が (世界のあちこちに) あるのは、地球も真中が割れている事をあらわしています。

http://sora.ishikami.jp/link/index.html
これらに掲載されている世界の割れた岩

すなわち、今の地球は南と北とに分かれているのです
北 (半球) と南 (半球) では、全く仕組みが違っています。

つまり、プレートの仕組みの学説 (プレートテクトニクスと呼ばれている) が間違いである事を知らせているのです。今の地球の位置ですと、赤道上にある地球の割れ目からマグマの熱が噴出していますので、暑い所はより暑く、寒い所はより寒くなっているのです」

(一番最初の地球は、割れた岩と同じように割れ目が南北に走り、割れ目からマグマの熱が噴出していたので南極北極も暖かったと知らされました。現実に南極では恐竜の化石が見付かっており、北極にも温暖地方の魚の化石などがあります)





<ソラ>より〜  2005年6月5日(日)
地軸移動
恐竜になっていた自分さえ良ければよい、と言う原子は、新しい生き物には生まれ変われない事になり、新しい原子たちが新しい動物になりました。生まれ変われなくなった原子はせめて地上絵で、その形をあらわそうとしたので、その地上絵を見て、原子たちが新しい動物になったのです」

南極に恐竜の化石がたくさんあり、北極近辺に温帯地方の植物の化石や小動物の化石が見つかっており、かって地軸移動はあったと言えます。

http://www.nipr.ac.jp/jare/nankyoku/05/05_06_3.html

現在、地軸移動が始まっていて科学者は異常を認めている? が政府間で隠されていると夢うつつで言っていたようです。氷が溶けてエスキモーの人たちが、氷の割れ目に落ちる事故が多くなったとか、アルプスの氷河が急激に溶けていっているニュースを読みました。
マンモスが腐らずに一気に凍ったのが永久凍土から出てきているのは、急激な変化があった事を示しています。


昨夜夢うつつで↓のようなサイトを紹介して知らせてほしいと言っていました。現実にはエスキモーなども住んでいるので矛盾しているようですが、要するに地軸移動が始まっていることを伝えたいようでした。

人間が住むには厳しい気象の北のスコットランドのストーンサークルや石室の遺跡です。
http://www.lessing4.de/megaliths/orkney.htm
http://www.lessing4.de/megaliths/hebrides.htm

昨夜足の小指に5、6回サインがあり目が覚めましたが、眠くてメモが出来ませんでしたので、夢うつつに聞いていたことです。

「↑のサイトを紹介してください。
このような所でもかっては人が住んでいたと科学者は言うのでしょうか?そして古代の人間がこのような石を立てたり、石室を作ったと言うのであればかってはここも暖かかったと言えます。それで地軸移動はこれまでにあったという事になり、これからも無いとは決して言えなのです」




<ソラ>より〜 2006年5月31日
#)5500万年前 北極の海面は23度「亜熱帯」
http://www.asahi.com/national/update/0601/TKY200605310487.h...(無効)

約5500万年前の北極の海面温度は23度もあり、亜熱帯レベルの暖かさだったが、約4500万年前から氷におおわれ始めた――北極の激しい気候変動の歴史が、日米が始めた研究プロジェクト「統合国際深海掘削計画(IODP)」の調査でわかった。
(asahi.comより)  

ソラの検索『地軸移動』でわかるように、年代はさておきこれまでソラからの情報でも、赤道が南北に通っていたということなど、何度かそのようなことを知らされています。
http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20040228165237

それで南極に恐竜の化石があり、日本海側が温暖で栄えていたことや、北海道が寒冷になってからアイヌがあらわれたとも、北海道のストーンサークルがしっかり残っているのを見た時知らされています。

南極あたり〜

アンドロイドの恨みのイシキは、かなり強くて、
いつまでも執拗にアトランティス人のイシキに嫌がらせを続けてきました。

ーーー良くも悪くも思いは残るんですね・・・



■レムノイア(2007年2月17日訂正)
レムリア大陸の時に降りてきた射手座の王女とウソを言っていた。
レムリア大陸のアンドロイドのエネルギー体

アトランティスの時代に、アンドロイドが多くなりすぎたので、南の島につくった国。アンドロイドは次第にアトランティス人に恨みを持ち始める。アトランティスとエネルギーはつながっていたため、そこからエネルギーの操作をしてアトランティスを滅ぼした。アトランティスが滅びた時、その反動でレムノイア大陸は南極に移動した。そこに多くのイシキが残り、アトランティス人の霊の人に復讐をしていた。



アンドロイドの身体を作っていた原子も、アトランティス大陸の崩壊と共に宇宙に帰りましたが、アンドロイドたちの意識はレムノイアに残りました。アンドロイドのアトランティス人に対する恨みが強いのを支配星が知り、支配星はそこに降りてアンドロイドを部下にしようとしました。それを知ったレムノイアのイシカミたちは、大嫌いな大蛇が来ないようにと巨人たちに大陸を押させて南に移動させたので、並んで大陸を押す巨人たちの形の岩山が南極には残っています。

*)南極を押して移動した巨人たち
http://www.antarctica.ac.uk/index.php
より
http://sora.ishikami.jp/url.php?http://www.antarctica.ac.uk...



■ユーノイア 【2007年2月21日訂正】
ムー大陸に降りたいて座の王女はユーノイア。
(南極のいて座の王女は遅くに降りて来たワイノイア)
お母さんである女王(射手座の女王参照)にいけないと言われていたのに大元の弟の奥さんに誘われ、ムーノイアについて地球に降りてきた。

南極大陸が今の位置に移動する前は、インド洋に大陸があったので、レムリア大陸と呼ばれていてそこのアンドロイドのエネルギー体がユーノイアの真似をしてレムノイアと呼んでいて悪さをしていた)

台風を起こしているが、ムーノイアのお兄さんの指示に従って移動している。スリーシスターズの岩(オーストラリア、アメリカなど)として伝えられている。




■ワイノイア 【2007年2月21日訂正】
南極が今の位置に移動してから降りて来たいて座の王女。
世に出るのを嫌がってあまり言って来ない。

2004年7月まで存在が知らされることがなかった射手座の王女(次女)。射手座の王女は三人姉妹と思われていたが、ワイノイアを入れて四人姉妹であった。





<ソラ>より〜  2004・6・21 
「ムーくんです。
台風の目の中に僕達がいるのではありません。
(台風の目の)右側? にいて、(階段を登るように?)進んでいくと、渦が巻いていき、台風の目になるのです。ホシノミナが弱っているので (ホシノミナのある所に)応援に行くのです。ホシノミナがヨミの国に行くと地球は死んでしまいます。ヨミの国王に誘わないでと言いに行くのです」

※2006,5,24追記
* ムーノイア・ムーくん  = ムー大陸に降りた王子 (兄)
* イワノエア・お姉ちゃん = ニュージーランドに降りた (長女)
* オーノイア・オーちゃん = オーストラリアのウルル・エアーズロック (三女)
* ユーノイア・ユーちゃん = ムー大陸 (四女)よく台風になる。
* キミヤマ・キミくん   = ホシノミナのそばに降りた君山 (末弟)
* ワイノイア・ワイちゃん = 南極に降りた王女(次女)

女3人はいて座の王女達で、スリーシスターズと言われています。
世界中にスリーシスターを現わす岩があります。
地球物語オーストラリア物語ニュージーランド物語=参照)




ーーー台風は南のイシカミたちが相談するために集まるので
雨や風のエネルギーが大きくなるのだそうです〜d(⌒o⌒)



         

2004年9月26日
「(ムー大陸の) イシカミのユーノイアです。
私が台風21号になっています。お仕事をしに行きます。 (リュージン退治?)私の事も知らせてください。(夕食時にもちらっと伝えてきていましたが、言葉が少ないのでそのままにしていました)
南極に降りたイシカミは、ただひたすら氷の下で耐えてきました




■南極http://www.coolantarctica.com/gallery/scenic/icebergs1/Antarctica_iceberg4.htm
氷にも意志を感じます。
http://www.dmcquinn.com/Photos/Antarctica/extras/
Leaving_Antarctica.JPG

見事な柱状節理?の島

この写真を見て「南極の巨人さんなの?」と思っていると、バシッと大きなラップ音がしました。この形の意味を聞くもなかなかわかりませんでしたが、悲しい気持になり

「(地球に降りて来て) 良いことは何もありませんでした。
平らだった射手座を思い出して平らにしました。(ブタかイノシシの横顔を真似たのかと聞くと)違います。(顔と見ないで右から)  イシカミ、分身、巨人をあらわしたのです。人間は連れてこなかったので面白くなく、遠くへ行こうと思いましたが動けなくなりました。見てくれてありがとう」



<ソラ>より〜  2005・9・9
南極にも知らせる事があります。
あの島↓が南極のスポークスマンです。
http://www.dmcquinn.com/
より
http://www.dmcquinn.com/Photos/Antarctica/extras/
Leaving_Antarctica.JPG


意味無くしてこの姿(柱状節理)になったのではありません。
(以前に)意味を知らせなかったのは、他のお知らせ(穀物模様)で気づくと思ったからです。(右手が急にだるくなる)
けれども何ら変わらなかったのでお知らせします。
(柱状節理の) スタッファ島は仲間です」

スタッファ島
http://www.iona-bed-breakfast-mull.com/islands/staffa/staffa.htm
より
http://www.iona-bed-breakfast-mull.com/newfiles/Staffa,boatmans-cave-and-Fi.jpg

「スタッファ島は穀物模様でこれまで何度も知らせてきました。(スタッファ島のイシカミのロボットが、イギリスの複雑な穀物模様を作っていると知らされている)

なぜ(スタッファ島は)あの形かというと、スカンジイサン (=スカンジナビア半島のイシカミ)に言われたので、穴を開けた柱状節理になった*のです。
二つの穴はイシカミの指紋なのです。

(スタッファ島の穴は) 波で開いたという説で人々は納得しています。(同じ柱状節理が)波の激しい南極の島で穴が開かないことを知らせています。又、フィヨルドの説明は氷で岩が削られたという説で納得しています。山が一気に (海面下まで) 300mもの深さ*に氷で削られると、本当に思っているのですか?」

*)柱状節理や洞窟になっているのは、スタッファ島の巨人の親であるスカンジナビアのイシカミが、巨人の原子に柱状節理になったり、洞窟を作るように指示を送ったということ。
*)ニュージーランドのフィヨルドは、断崖が海面下300mまで垂直になっている。情報では南極の冷たい風を防ぐために、巨人が高い壁にする為に、海の中のものまで上に持ち上げたので、深くなったと知らされた。





南極のイシカミは巨人は作らなかったのですが、小さな巨人を作ったそうでその巨人がカメを作ったと言われています〜
巨人が小さなカメを作ったけれども、その後はどうしたらいいのかわからなくてそのまま放置した「岩」っていうのがあるそうです・・・
平らな地面がいわば、巨人の体の溶けた状態?


■カメ =イシカミが自分達の姿に似せたものを作ってもらった。甲羅の模様は、地球がオニの星に支配され、まるで網で捕まえられているように見えたことを表現している。





むかし、イースター島が南極〜 ”( ̄‥ ̄)V

<読者の方のビジョン>

【ビジョン】 図NO.1
(陰の部分はまるで地震が起こったよう?)

「これはイースター島から見た地球で、以前はイースター島が南極だったのです
見えている大陸は、南米・南極・ムー大陸で、ムー大陸が沈んだ事を表わしています」
(いつまでたっても本当の事を信じないので巨大地震で沈む?)

水の膜と崩壊

ーーーヒミコがサマルカンドにいた頃にはまだ、
地球は水の膜があったそうですが〜 
ーーー水の膜ってどんな感じなんでしょうね〜 d(⌒o⌒)
            見てみたかった・・・

どこもとても穏やかで過ごしやすかったみたいです。




<ソラ>より〜  2004年7月26日
●ヒミコより〜
「(名のない) 星達のお蔭で、イシキの世界のことがよくわかりました。私はヒミコで、人間として生きていて冬に死にました。なぜ冬に死んだか知らせるように言われました。
(ヒミコは奴隷として連れて行かれる前に逃げ出したが、冬の寒さに生きることが出来ないと思ったので自殺したこと)私が生きていた (若い) 頃は、冬でも暖かかったので、薄着で過ごしても寒くなく、夏でもそれほど暑くはありませんでした」
(ヒミコの子供の頃はアトラン